銀行が実施した貸出金の償却・引当に関する決算処理が、取立不能見込額の控除を要求する商法285条の4・2項に違反し、実際には配当可能利益が存しないにもかかわらず行われたか否かが争われ、取立不能見込額の判断の基準は、商法32条2項により、「公正なる会計慣行」を斟酌すべきところ、平成10年3月期における「公正なる会計慣行」がどのようなものであったか、銀行が実施した決算処理がその「公正なる会計慣行」に違反していたといえるかが争点となった。
原告は、平成10年3月期における銀行の貸出金の償却・引当の基準に関する唯一の「公正なる会計慣行」は、資産査定通達等(資産査定通達、全銀協Q&A、4号実務指針、9年事務連絡、全銀協追加Q&A)によって補充される改正後決算経理基準(新基準)であり、銀行が実施した決算処理は、この基準に違反しており、当時銀行には配当可能利益が存しなかったと主張した。
被告は、新基準は、ガイドライン的性格を有し、各銀行の策定した自己査定基準とのすりあわせにより客観的な基準として収斂していくことが予定されていたもので、平成10年3月期はその過渡期であり、それまでの銀行の貸出金の償却・引当の基準であったいわゆる税法基準によって補充される改正前決算経理基準(旧基準)が依然として「公正なる会計慣行」として存続しており、新基準は未だ唯一の「公正なる会計慣行」とはなっていなかったと主張し、仮に唯一の「公正なる会計慣行」となっていたとしても、銀行が実施した決算処理は、その解釈の範囲内であり適正なものであると主張した。
(注1)
決算処理に向けて銀行内で行われた各種会議の資料に記載がある1兆円を超える不良債権の金額は、一定期間において最終処理すべき金額を示したにすぎなかったとみるべきであり、単年度にただちに償却・引当を要するものではなかったと認めるべきである。
被告らは、平成10年3月期の不良債権の処理に関しては、新基準を厳格に適用した場合には自己資本比率を8パーセント以上に維持することが困難になり、銀行の経営面で深刻な問題が生じる可能性があったことは認識していたというべきである。しかし、新基準が平成10年3月期に初めて施行されるものであり、その内容自体旧基準を許容する解釈の余地を残している、あるいは、未だガイドラインであるとの認識もあって、自己査定基準の検討に当たっては、銀行の経営者としてのそれぞれの立場で銀行の維持・存続を図るべく、旧基準との連続性ないしは継続性を保てるぎりぎりの線を模索していたとみるべきである。新基準について独自の解釈をし、できるだけ銀行にとって有利な資産査定を行いたいと願ったこと自体にはやむを得ない面があった。そのような検討の過程で、会計士の指摘があればこれを変更することを考慮していたことが明らかであり、監査法人からの回答では許容範囲内とのことであったので、平成10年3月期の不良債権処理と関連親密先への支援損の計上を実施したと認められる。被告らが策定に関与した自己査定基準は金融検査の対象になった際には金融証券検査官に開示することを前提としており、被告らの経歴に照らしても、金融証券検査官に全く認められないような違法なものを策定するとは考えにくいし、自己査定基準は会計士にも開示され、その了解が得られていたものである。会計監査人が、銀行の平成10年3月期決算案を新基準のもとでも許容されると判断したことは動かしがたい事実である。そうであるとすれば、被告らの行った処理が、現時点での客観的評価としては新基準に違反しているとみる余地はあるとしても、それ以上に被告らにおいて意図的に新基準に反した処理をしようとした、あるいは旧基準からみても違法とされる会計処理を実施しようとしたと認定するには無理があるというべきである。なお、原告らが主張するような会計監査人に対する組織的な隠蔽行為がなされたことを認めるに足る証拠はない。
本件上告理由は、理由の不備・食違いをいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに民訴法312条1項・2項に規定する事由に該当しない。
本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。
被告人3名(銀行の頭取、副頭取)は、共謀の上
検察官は、「本件当時、資産査定通達が貸出金等の回収見込等を判断する上での合理的基準であり、他方、金融機関に対して貸出金等の償却・引当を義務付ける基準としては、商法285条の4・2項、企業会計原則・同注解18、改正後決算経理基準のほか、4号実務指針が合理的基準として存在した。資産査定通達において、IV分類に分類された貸出金等は「回収不能又は無価値と判断される資産」とされ、かつ、4号実務指針等によれば、IV分類とされた貸出金等は、当期において全額償却・引当すべきものであった。したがって、これらの基準に違反する会計処理に基づいて貸借対象表等を作成することは、規範違反となり、このような貸借対象表等を掲載した有価証券報告書の内容は虚偽となる。」と主張した。
弁護人は、「早期是正措置制度の下においては、金融機関が自己査定によって資産を分類し、必要に応じて償却・引当を行い、その結果に対し公認会計士が監査を行った上で正確な財務諸表を作成し、それに基づいて客観的に自己資本比率を算出し、必要に応じて監督当局が行政措置を発動することになる。したがって、資産査定通達や4号実務指針などは、金融機関相互間に適度の統一性を確保するために出されたガイドラインに過ぎず、各金融機関が、自らの実情を踏まえつつ、より具体的・詳細な償却・引当ルールを自主的に策定し、これに基づいて導き出された貸出金の回収可能性により償却・引当を実施すべきであって、資産査定通達や4号実務指針などには、法規範としての効力はなかった。」と主張した。
関係証拠により、下記3(1)の最高裁が認定した事実経過を詳細に認定した上で
昭和57年4月1日
基本事項通達中の「決算経理基準」
大蔵省がこの通達を発出した以降、銀行は、いわゆる税法基準に従った会計処理を行っていた。銀行の関連ノンバンク等に対する貸出金については、一般取引先に対する貸出金とは異なり、銀行が関連ノンバンク等に対する金融支援を継続する限りは、償却・引当はほとんど行われていなかった。
平成9年3月5日
「資産査定通達」
金融検査部長が発出したこの通達は、金融証券検査官が各銀行の実施した自己査定に対する検査を適切かつ統一的に行い得るよう作成されたものであり、金融機関にも公表された。
平成9年3月12日
「資産査定Q&A」
全銀協が、各銀行の自己査定の参考となるよう資産査 定通達の内容についての一般的な考え方をまとめ、金融機関に送付した。
平成9年4月15日
「4号実務指針」
公認会計士協会が、自己査定制度の整備状況の妥当性、査定作業の査定基準への準拠性を確かめるための実務指針を示すとともに、貸倒償却・貸倒引当金の計上に関する監査を実施する際の取扱いをまとめ、公表した。
平成9年4月21日
「9年事務連絡」
金融検査部管理課長が、金融検査官等にあてて発出した。この事務連絡は、関連ノンバンクに対する貸出金について、関連ノンバンクの体力の有無、親金融機関の再建意思の有無、関連ノンバンクの再建計画の合理性の有無等を総合的に勘案して査定することを内容としていたが、金融機関一般には公表されていなかった。
平成9年7月28日
「追加Q&A」
全銀協が、9年事務連絡の内容についての一般的な考え方をとりまとめ、金融機関に送付した。
平成9年7月31日
基本事項通達の改正中の「改正後決算経理基準」
銀行局長が銀行の頭取等にあてて発出したこの通達は、回収不能と判定される貸出金等については債権額から担保処分可能見込額等を減算した残額を償却・引当すること、最終の回収に重大な懸念があり損失の発生が見込まれる貸出金等については債権額から担保処分可能見込額等を減算した残額のうち必要額について引当すること、これら以外の貸出金等については貸倒実績率に基づいて算定した貸倒見込額の引当をすることなどを定め、平成9年度決算から適用することとされた。
平成10年3月30日
銀行は、「一般先」とは異なる査定基準を内容とする「特定関連親密先自己査定運用細則」「関連ノンバンクにかかる自己査定運用規則」を確定させた。
銀行は、運用細則、運用規則に従って、関連ノンバンクを含む関連親密先とされる会社に対する貸出金の資産分類、償却・引当の実施の有無を査定したが、その自己査定は、改正前の決算経理基準のもとでのいわゆる税法基準によれば、これを逸脱した違法なものとは直ちには認められないが、資産査定通達、4号実務指針及び9年事務連絡(以下、これらを「資産査定通達等」という)によって補充される改正後決算経理基準の方向性からは逸脱する内容となっていた。
原判決は、平成10年3月期当時、資産査定通達等によって補充される改正後決算経理基準に基本的に従うことが唯一の「公正なる会計慣行」となっており、改正前決算経理基準のもとでのいわゆる税法基準よる会計処理(銀行の貸出金については、回収不能又は回収不能見込みとして、法人税法上、損金算入が認められる額につき、当期に貸倒償却・引当をする義務があるとされていたところ、銀行の関連ノンバンク等関係会社に対する貸出金は、銀行がこれらに対して追加的支援を予定している場合には、原則として回収不能見込み等とすることはできないが、銀行による金融支援が一定の要件を満たす場合には、法人税基本通達9一4-2に基づき当期における債権放棄などの確定支援損の限度で、寄付金としての処理をしないで、支援損として損金算入することが認められていたことに依拠して、銀行が関連ノンバンク等に対する金融支援を継続する限りは、毎期において確定支援損として損金算入が認められる範囲で段階的な処理を行うことができるというもの)では「公正なる会計慣行」に従ったことにはならないという。