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元検事・弁護士粂原研二による刑事事件の実務

無罪事件から学ぶ刑事弁護 その(6)

名宛人

いろいろな法律に罰則規定が設けられており、たとえば、刑法の殺人罪は、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」と規定していますが、多くの行政法規では、「次の各号のいずれかに該当する者は、5年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」などとし、各号として「1 〇〇条の規定に違反して△△した者 」「2 〇×条の規定に違反した者」などという定め方をしています。
殺人罪でいえば、「(人を殺した)すべての者」、行政法規でいえば、「〇〇条、〇×条の主体とされている者」がその規定の名宛人です。
刑法などの場合は、名宛人が誰であるのかあまり迷うことはありませんが、行政罰の場合は、規定の名宛人が誰であるのか必ずしも明らかでなかったり、うっかりすると名宛人を間違ってしまうことがあるので、注意が必要です。
また、行政法規は頻繁に改正が行われますので、犯罪が行われた当時の条文がどのようなものであったのか、改正されていないかどうか、改正されているとすればなぜ改正されたのか等を常に確認しなければなりません。

廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)も頻繁に改正が行われている法律の一つですが、同法違反事件で名宛人でない者が起訴された事案がありましたので、紹介したいと思います。

事件の概要

知事の許可を受けて産業廃棄物の収集運搬業を営んでいたAは、法定の除外事由がないのに、産業廃棄物運搬処分業の許可を受けていないBに対し、産業廃棄物の運搬処分を委託した、との事実で起訴され、一審裁判所は、公訴事実と同じ事実を判示して、当時の廃棄物処理法26条1号(罰則)、14条10項を適用して有罪判決を言い渡しました(両罰規定についてはここでは省略します。)。

東京高裁は、検察官が処罰を求め、一審裁判所が認定した犯罪事実は、Aが無許可業者であるBに対し、「運搬」及び「処分」を委託したことであると解するほかない、とした上、14条10項が前提としている産業廃棄物処理業者の自己処理の原則(再委託の原則禁止)は、当該業者が許可を受けた種類の処理を自ら行うことを意味すると解されるのであり、当該業者が許可を受けていない種類の処理については、同法14条10項が規定するところではなく、これについて再委託禁止違反の成立する余地はないというべきであるところ、原判決は、産業廃棄物収集運搬業者であるAが、Bに対し、本件産業廃棄物の処分を再委託したという罪とならない事実をも犯罪事実として認定し、これについても再委託禁止違反の罪の成立を認めたものといわざるを得ず、これは法令の解釈、適用を誤ったものであり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない、としました。
なお、Aが、許可を受けていない「処分」を受託した点で、当時の14条9項(現在の15項)違反(無許可業者による処分の受託)が成立するのは当然であり、検察官は、9項違反で起訴すべきでした。
当時の14条8項(現在の12項)は、「1項の許可を受けた者(以下、「産業廃棄物収集運搬業者」という。)又は6項の許可を受けた者(以下、「産業廃棄物処分業者」という。)は、産業廃棄物処理基準に従い、産業廃棄物の収集若しくは運搬又は処分を行わなければならない。」と規定し、同条10項は、「(法定の除外事由がないのに)産業廃棄物収集運搬業者又は産業廃棄物処分業者は、産業廃棄物の収集若しくは運搬又は処分を他人に委託してはならない。」と規定していました。
東京高裁は、廃棄物処理法が、「収集又は運搬」「処分」といった処理の種類ごとに産業廃棄物処理業の許可を受けなければならないとしていることに照らすと、14条10項が前提としている産業廃棄物処理業者の自己処理の原則は、当該業者が許可を受けた種類の処理を自ら行うことを意味すると考えたわけです。

これに対して、主務官庁である環境省は、「収集運搬業者が受託内容に従わず、排出事業者と委託契約を結んでいない者に処分を委託する行為については、廃棄物の処理についての責任の所在を著しく不明確とし、不適正処理を助長するおそれの高い行為であるところから、その規制対象となる」ものと解していたようですが、上記のような各条項の規定ぶり、法の趣旨に照らせば、東京高裁の判断が正しいことは明らかであると思います。

この判決後、当時の14条10項(現在の16項)は、「(法定の除外事由がないのに)産業廃棄物収集運搬業者は、産業廃棄物の収集若しくは運搬又は処分を、産業廃棄物処分業者は、産業廃棄物の処分を、それぞれ他人に委託してはならない。」と改正されています。この改正について、環境省は、「従来より、収集運搬業者が受託内容に従わず、排出事業者と委託契約を結んでいない者に処分を委託する行為については、廃棄物の処理についての責任の所在を著しく不明確とし、不適正処理を助長するおそれの高い行為であるところから、その規制対象となるものと解してきたところであり、今般の法改正により、これを条文上明確化したものである。」としていますが、初めからそう規定しておけばよかったと思います。


ポイント

本件の起訴状には、「産業廃棄物運搬処分業の許可」とか「産業廃棄物の運搬処分を委託」などという法律の条文を無視した公訴事実が記載されており、法律の解釈以前の問題として、検察官は条文を真剣に読んでいなかったのではないかと思わざるを得ませんし、一審裁判所も同様です。本件のような特別法違反事件については、条文の正しい理解がなによりも重要です。正しい理解を前提にしなければ、そもそも捜査ができないでしょう。
また、決裁官は、このような処分をチェックし、部下を指導するのが仕事のはずですが、何をしていたのでしょうか。

都道府県や市町村の行う行政処分についても同じような問題があります。行政庁が行った処分だから正しいだろうと考えてはならず、処分の適否、当不当等についても慎重に検討、判断する必要があります。
法律の解釈は最終的には裁判所(最後は最高裁判所)が行うものですから、所管官庁の見解が絶対に正しいということにならないのはいうまでもありません。



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