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元検事・弁護士粂原研二による刑事事件の実務

無罪事件から学ぶ刑事弁護 その(3)

じぇじぇじぇ

「じぇじぇじぇ」な過去の事件を思い出しながら紹介する投稿作業をしていたところ、2013年7月29日、検察がまた公訴(起訴)を取消すという異常な事態が発生しました。

事件の概要

単純な窃盗事件です。被告人の男性は、セルフ式ガソリンスタンドで盗難カードを使ってガソリン25リトル(約3500円)を給油して盗んだとして起訴されましたが、検察は、犯人は別人であることが判明したとして公訴を取消しました。
報道によれば、警察は、本件のガソリン給油の直前に車の窓ガラスを割って給油カードを盗んだとして男性を逮捕していましたが、この件について処分保留で釈放されると、今度はこの盗難カードでガソリンを給油したとして男性を再逮捕し、検察は否認のまま起訴したということです。
起訴後、盗難カードで給油した時刻の約1分後にそこから6キロ離れたインターチェンジを男性の車が通過していることがETCの利用記録で判明した上、男性が写っているガソリンスタンドの防犯カメラの時間表示に8分くらいの誤差があることも分かったということです。これらは弁護人が調査したり、弁護人の指摘を受けて警察等が捜査した結果判明したということです。
これは私の推測ですが、給油カードを盗んだという事件の証拠と盗んだカードで給油した事件の証拠は共通で、ガソリンスタンドの防犯カメラの映像が最重要証拠だったのではないでしょうか。警察は、盗難被害があった直後に給油カードを男性が利用しているのだからカードを盗んだのも男性だと推認できるとして逮捕したものと思われます(これを近接所持といいます)。警察としては、男性が自白してカードの在処が分かるか、捜索で男性宅等からカードが発見されるかすれば起訴に持ち込めると考えて逮捕したものの、結局うまくいかず、処分保留で釈放されたため、今度はガソリン窃盗の容疑で再逮捕させてくれと検察官に頼んだか、検察官の指示で再逮捕したのではないでしょうか。
本件において、給油カードのほかにどのような金品が盗まれたのか分かりませんが、車の窓ガラスを割って金品を盗む、いわゆる車上狙いは悪質な犯罪であり、ガソリンスタンドの防犯カメラの時刻設定が正確であること(あるいは正確な誤差時間)が確認され、盗難給油カードの使用時刻に給油している姿が防犯カメラに写っている人物と男性が同一人物であると間違いなく特定できていたのであれば、男性を車上狙いの事実で逮捕・勾留することに問題はないと思います(もっとも普通は、証拠が堅いと思われる、不正に入手した給油カードを使用してガソリンを盗んだという容疑で逮捕し、入手方法を追求するという手順を踏むことになると思います)。
しかし、報道によれば、防犯カメラの時刻設定に数分の誤りがあることはもともと警察も把握していたようですし、逮捕後自白も得られず、盗品の発見にも至らなかったため、検察官は、とても起訴できないとして処分保留で釈放したのだと思います。
ここまででもかなり杜撰な捜査が行われていたことが分かりますが、信じられないことに、同じ証拠関係のもとで、同じ事実関係の一部である盗難カードを使用して3500円分のガソリンを給油したという窃盗の容疑で男性を再逮捕・勾留したというのですから、ここまでくると「じぇじぇじぇ」どころか開いた口が塞がりません。
そもそも男性が盗難カードを使って給油したという事実が認められると考えたから、車上狙いの容疑で逮捕・勾留していたはずであって、これが認定できるのであれば、再逮捕などせず、男性をガソリン窃盗の事実で起訴(在宅あるいは求令状起訴)すればいいわけですし、男性の犯意を含め起訴するには証拠が不十分だというなら、釈放したまま在宅事件として捜査を継続すればいいわけで、形式的には2つの犯罪が成立するとはいえ、実質的には一連の同じ事実で(しかも悪質な犯罪事実からそれより軽微な犯罪事実に切り替えて)、逮捕・勾留を繰り返すようなことをすべきではありません。警察、検察は、再逮捕・勾留して何をしようと考えたのでしょうか。無理矢理事実を認めさせようとしたのでしょうか。もっとも事実を認める供述をしていたらもっと大変なことになっていたと思います。
防犯カメラの時刻設定に関する詰めの捜査もアリバイに関する捜査も行わず、男性の供述にも耳を貸さず、検察官は、否認のまま男性を起訴しました。
一度は処分保留で釈放するという正しい判断をしたのに、もともと防犯カメラの時刻設定に誤りがあることが分かっていた危うい証拠構造の事件で、被害額がたかだか3500円相当の否認事件について、なぜ在宅事件として慎重に捜査を継続するという方針決定ができなかったのでしょうか。また、決裁官は、なぜそういう指導をしなかったのでしょうか。
男性は、85日間勾留されたそうですが、人権侵害も甚だしいといわざるを得ません。主任検察官は警察の捜査をチェックできず、決裁官は主任検察官の捜査・処理をチェックできませんでした。前にも述べましたが、こんな検察官や決裁官が少なからず存在するのが検察の現状なのです。この事件の検証をするという報道がありますが、そんなことより、決裁官を含む捜査機関全体の能力向上が喫緊の課題になっているのです。せめて常識的な捜査・処理ができる能力くらいは早急に身に付けてもらいたいものです。
男性は盗難カードが使われていた時間帯にたまたまそのガソリンスタンドで給油していました。本件について任意捜査がどの程度行われたのか、男性の弁解を任意でどの程度聞いていたのか分かりませんが、たかだか3500円のガソリン窃盗で、しかも無実の容疑で2回も逮捕され、85日間も勾留されたのでは安心して給油もできません。二度目の勾留を認めた裁判官の責任も重大だと思います。


ポイント

弁護人の調査でアリバイが証明されたということであり、弁護人の活動は素晴らしいものでしたが、被疑者段階から弁護人が付いて迅速・適切に活動していれば、再逮捕・勾留や不当な起訴を防げたかもしれません。
警察、検察による本件捜査処理は、極めて杜撰なものであって、権力を行使すること、特に身柄を拘束することに対する畏怖の念が全く感じられません。
警察、検察には、任意捜査が原則であることをもう一度確認してほしいと思います。



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