男性が、ある日の夜、公園内のトイレに行くため歩いていると、滑り台に女子高生2人が座っていました。男性は彼女らの横を通りすぎ、トイレに入り、ズボンを下げるなどして用を足したりしました。
しばらくして男性がトイレから出て、乗ってきた車に戻るため公園内を歩いていると、女子高生から通報を受けてやってきた警察官に任意同行を求められ、男性は、「公園内で下半身を露出した」との公然わいせつの容疑で逮捕され、勾留されてしまいました。
男性は、容疑を認めれば罰金で済むような事件でしたが、「トイレの外で下半身を露出したことはないので、認めるわけにはいかない」といって否認を続けたところ、20日間勾留されて起訴されてしまいました。
裁判では、弁護人が女子高生2人の供述調書を不同意とした(調書を証拠にすることに反対した)ところ、検察官は、女子高生2人のうち男性の性器をはっきり見たと捜査段階で供述していた女子高生1人を証人申請し、同女の証言が本件犯行を立証する唯一の証拠ということになりました。
証人の証言の信用性を判断するには、
などについて慎重な検討が必要です。
本件の証人である女子高生は、「2、3秒間、男性器を確実に見た。ずっと先端部分が見えていた。」とは証言したものの、男性が、どちらの手で性器を握っていたのか、性器は勃起していたか、男性器の先端はどういう状態であったか、ズボンを下げていたのか、チャックを下ろしていたのか等については、いずれも「覚えていない」「記憶にない」としか証言できませんでした。
ところが、この女子高生は、捜査段階では、「男性は、左手で勃起していない性器を握っていた」と供述していました。また、この女子高生は、男性を見た後、友人の女子高生に話しかけると、「友人は、わあっと言っていた」と捜査段階では供述していましたが、裁判では「友人は、きもいとずっと言っていたので印象に残っている」と証言しました。しかし、捜査段階の供述と証言が食い違う合理的理由は最後まで説明できませんでした。
男性は、「小便が出そうだったので右手を股間の辺りに当ててトイレに向かい歩いていたが、男性器は出していない。」と終始供述していました。
検察官は、論告で、「数秒間という短時間に動きのある状態で男性器を目撃したのだから、細かな点については覚えていないと証言しても、証言の信用性を否定することはできない。重要なのは見知らぬ男性が股間で握っていた手から男性器の先端が露出していたという最も衝撃的で記憶に残る点を明確に記憶し、その旨証言したことである。」と主張しました。検察官が破れかぶれでこのようなことを主張したのか、本気でそう考えていたのか分かりませんが、その「握っていた手から男性器の先端が露出していたのを見た」という証言が信用できるかどうかが争われているのに「先端を見たと証言しているのだから、見たことは間違いない。その他は些細なことで問題にする方がおかしい。」といっているわけです。
女子高生の証言は、上記の(2)(5)(6)(7)に問題があり、とても信用できるものではありません。こんな証言内容で有罪とされたのでは軽微な事件であるとはいえ、たまったものではありません。女子高生は、何もはっきりとは見ていないと証言しているに等しいからです。本件の担当検察官は、「この顔の人物が、被害者を包丁で刺すのを見ました。顔全体の印象がそっくりです。目鼻口等の特徴や髪型、服装等は覚えていませんが、この顔の印象ははっきり覚えています。」という証言で殺人の犯人はこの人物に間違いないと主張するのでしょうか。
この事件ではもう一つ問題がありました。裁判所は、弁護人が反対したにもかかわらず、一旦結審した審理を再開し、同じ証人を再度法廷に呼んで2度目の証人尋問を行ったのです。証人の証言のあいまいな部分をしっかりしたものにできないか、供述が変遷した理由を合理的に説明できないかを確かめようとしたと思われます。一度結審した段階での証拠関係では有罪判決が書けないのであれば、無罪判決を言い渡せばいいだけのことですから、何とか有罪にできないかと考え、審理を再開したとしか思えません。検察寄りの不当な裁判の進め方であるといわざるを得ません。
しかし、2度目の証人尋問でも女子高生は、さらにあいまいな証言しかできず、裁判所は、証言は信用できないとして結局無罪を言い渡したのでした。
本件は、そもそも、平日に学校をサボり、夜中に公園で遊んでいるような女子高生の供述だけを証拠に(しかも、もう1人の女子高生は、男性が下半身を露出しているところは見ていないと供述していました。)、事実を否認している男性を逮捕し、20日間も勾留した上、否認のまま起訴したこと自体に問題があるといえる事案でした。
女子高生の警察での供述と検察での供述にも若干の変遷がありましたし、女子高生2人は、男性がトイレに入った後も逃げることなく、その場に残り、男友達に電話をしたりした後、110番通報するなど不自然な行動をとっていましたが、その不自然さに気付き、理由を解明するような捜査が十分に行われたとも思えませんでした。
このサイトで何度もいっていることですが、警察・検察には、本件のような、はっきりいって「どうでもいい」、筋の悪い、証拠の脆弱な事件を捜査・起訴するのではなく、捜査に困難は伴うけれども、被害を受けて本当に困っている人を救ってやれるような事件に力を入れてやってほしいと思います。そういう人たちが泣き寝入りしてしまうことがないよう、実力をつけた上で、権力を行使してください。本件の捜査・公判活動はいずれもお粗末であったといわざるを得ません。
また、本件でも証拠開示が行われたことが、無罪判決が言い渡される重要な要素になっていることが明らかです。本件の公判担当検察官は、堂々と証拠開示に応じてくれたのでその点は評価できると思います。裁判所の姿勢から考えて、本件証人の供述の変遷が明らかにならなかったなら、有罪になっていたかもしれず、ゾッとします。検察官には有罪立証だけを目指すのではなく、裁判所が正しい判断を行うのに必要な証拠を弁護人や裁判所に提供する責務があると思います。